マルクス主義からの批判

更新が遅れました。
3月は頼まれごとの類いが集中し、かなり忙しく、あちこち動き回っていました。
このブログには、書いていませんでしたが、4月より大学院生ではなくなり、
大学で非常勤講師として教えることになります。
このブログの内容は、そこで教える予定の内容についてのメモ書きみたいなものです。
ということは、もうすぐ大学が始まるというのに、3月はほとんど準備が進んでいないということになります。
ちょっとペースをあげなくてはいけないのですが、本業(講義で給料をもらうので、そっちのほうが本業とも言えるのですが、専門の研究という意味での「本業」です)のほうもそろそろ博士論文に本格的に取り掛からないといけないので、なかなかハードな状況です。


さて、前回、「古典的文化史」の問題を指摘したところで終わりました。
まあ、ざっくりの内容を振り返れば、いち時代を全体として統一する「文化」なんてもんがあんのかということでした。
古典的文化史に対する批判は、このような「全体論的認識」への批判です。
また、その批判の担い手となったのが、マルクス主義史学です。
そもそも、マルクス主義においては、「下部構造」、すなわち経済的基盤が重視されているので、
古典的文化史家の手法は、経済的側面を無視した「宙に浮いた」議論として捉えられるわけです。

また、エドワード・トムスンは古典的文化史家たちの文化の見方が、その同質性を過度に強調していることを指摘しています。
要するに、同時代に生きる人々であっても、社会階級や性別、世代等によって、文化的に差異が生じることもあるだろうということです。
前回の記事の言葉を使えば、「大きな文化」なんていえなくて、いくつもの「小さな文化」が存在するということです。


もうひとつ、トムスンの批判のヴァリエーションともいえるものが、エルンスト・ブロッホによって指摘されています。
彼の指摘は、個人的に面白いと思っています。
ブロッホは、文化的差異をトムスンのように、社会集団のなかに求めるのではなく、「時間」に求めています。
ブロッホは、

「すべての人間が同じ現在性のなかに存在しているわけではない。それらは、今日、目にすることができるという事実を通じて、外部から見た同時代性のなかに存在しているにすぎない」

と指摘します。
なかなか理解しにくいかもしれませんが、例えば、地域によって生活様式の変動のスピードが異なるような現象とでもいえるかもしれません。
農村においては、旧来どおりの生活様式を続けているが、都市部では急激な変化が起こり、それまでの生活様式が過去のものとなってしまった、というようなことかと思います。
ブロッホは、このような現象を「非同時代性の同時的存在」と呼んでいます。
この「非同時代性の同時的存在」という考え方は、結構面白いんじゃないかと思ってます。
おそらく、厳密に言えば、例としてはあまりよくないのかもしれませんが、
現代日本の服装を事例にとって考えてみると、着物と洋服が混在しています。
着物は過去のものでありながら、現在においても消えることなく、着られています。
このような現象も、「非同時代性の同時的存在」のヴァリエーションとして捉えることができるんじゃないかと思います。
ブロッホ自身は、どちらかというと個々の社会集団間の非同時代性を指摘していると思うのですが、
着物のようないち文化現象についても同様のことがいえるんじゃないでしょうか。
さらに、このヴァリエーションの究極には、フェルナン・ブローデルの「長期的波動」、「中期的波動」、「短期的波動」のモデルがあるように思います。
このあたりは単なる思いつきなので、どこまで妥当性があるのかはわかりません。
いずれにせよ、いち時代に生きる人々が同じ時間感覚で生きていたわけではなく、であるならば、文化的統一性などということはいえなくなります。
同時代的空間において、ひとつの時間が流れているわけではないという発想が、僕としてはとても面白い。
というのも、「時間」は細分化される社会構造のなかでも、共通に人々に流れていると考えられがちです。
それは、あくまで物理的な時間なのであって、文化的「時間」というものは、複数性を持っているということになるわけです。
「時間」さえも、共通性を担保しないというのは非常に興味深い考え方です。
何とかこの考え方を使って、面白いことをいえないかなと、思ったりしてます。
まったく見通しがあるわけではないですが。


さて、話しを文化史の問題に戻しますが、
上記のように、古典的文化史はマルクス主義者たちによって、「全体論的認識」を批判されます。
とはいえ、マルクス主義的理解においても問題がなかったわけではありません。
先ほどあげた、トムスンの研究をめぐって内部対立が生じます。
トムスンは、『イングランド労働者階級の形成』(isbn:9784787232137)という名著を書いていますが、
この本について、他のマルクス主義者から「文化主義」として批判を受けます。
マルクス主義者にとって、重要なのは「下部構造」であり、文化のような「上部構造」は基本的にはどうでもいいものとされます。
トムスンの著作は、文化をメインに扱ったものであり、マルクス主義的ではないと捉えられたわけです。
これに対し、トムスンは批判者たちを「経済主義」として反論を試みています。
このような内部抗争から、新たな文化についての視点が提供されます。
それは、レイモンド・ウィリアムズが、アントニオ・グラムシwikipedia:アントニオ・グラムシ)の概念を援用した
「文化的ヘゲモニー」という考え方です。
「文化的ヘゲモニー」は、現在の歴史学においても重要な考え方で、文化現象を支配エリートたちのレトリックであるという見方は、多くの研究に影響を与えているように思います。


とにかく、マルクス主義者たちの批判によって、古典的文化史が前提としていた統一的文化観というものが打ち崩されたわけです。
その後の文化の考え方で重要なのは、社会集団を限定した文化、すなわち、エリート文化と民衆文化というサブ・カテゴリーを導入したことです。
しかし、バークはこの考え方にも問題があることを指摘しています。
ひとつは、民衆とは誰か?という問題です。
これは「民衆」を扱う場合、必ずといっていいほど出てくる問題です。
僕も専門の研究では、民衆を扱ったテーマで研究をしているので、この問題にはよく悩まされます。
エリートではない人々ということでことが済む場合はいいのですが、「文化」という局面においては、大きな問題があります。
それは、エリート以外の人々は同質の文化集団を形成しているといえるわけではないからです。
つまり、「民衆」というカテゴリーの内部においても、細分化されているということです。


バークが指摘するもう一つの問題は、エリートは民衆文化から排除されるのかということです。
庶民の文化とされているものに、エリートたちが参入していることが、ままあります。
それを、ロジェ・シャルチエは、近世のエリートたちの性質を「文化的両棲類(バイカルチュラル)」としています。
このような状況では、「エリート文化」と「民衆文化」のカテゴリーを用いる有効性を失います。
バークは、厳密な二項対立を採用するのではなく、緩やかなカテゴリーとしての枠組みの必要性を説いています。


古典的文化史にせよ、民衆文化にせよ、問題となるのは、
その内部の同質性の問題です。
これは、分析手法として、あるカテゴリーを使用する場合どうしても生じてしまう問題です。
他方で、分析概念として、一定のカテゴリーを使用しないと、研究が進めにくいことも事実です。
バークが提案するように、内部の多様性を認め、厳密な二項対立を採用せず、一定の妥当性のある緩やかなものとして、
分析カテゴリーを用いるぐらいしか、解決策はないでしょう。
あるいは、
カテゴリー自体を分析対象とするメタ的アプローチをするかです。


今回のポイントは、同質性をめぐる議論でした。
「文化」という言葉には、同質性を求めるニュアンスが付随しています。
そのため、同質性を回避するには、新しい「文化」の考え方を必要とします。
それが、以降の文化史の発展と大きく関わるわけですが、今回はこの辺で。


冒頭にも書きましたが、現在講義の準備を優先して進めていかなければならないので、
ここへのフィードバックが遅れるかもしれません。
何とか、1ヶ月に1回以上は更新しようと思ってます。
ではでは。